2016年5月ギャロデット大学大学院
ろう教育学部卒業(修士)
2016年5月ギャロデット大学大学院ろう教育学部卒業(修士)

1.留学事業による留学で学ばれた内容についてお話しください。

2012年から1年間カリフォルニア州にあるオーロニ大学で英語を学んでから、2013年8月にワシントンD .C .にあるギャロデット大学大学院ろう教育コースでろう教育だけではなく、早期教育と小学校教育を中心に学んできました。大学院の方針は学ぶだけではなく、ろう学校や難聴児のいる学校での実習もするべきだとのことで、大学院では3年間、本当にいろいろな学校そして、いろいろなクラス(乳幼児から小学2年まで)で教える経験を積み重ねてきました。日本財団奨学事業の先輩でもある富田さんと一緒に絵本アプリを作ったことで、Visual Language and Visual Learning(VL2:視覚言語と視覚学習センター)からStudent Scholar賞を頂いたことも嬉しかったです。 

2.ギャロデット大学の「視覚言語と視覚学習センター」とはどのようなものでしょうか。

ギャロデット大学の「視覚言語と視覚学習センター」は子供たちがASLと書記英語で物語を楽しめることを一番の目的としています。ろうの子供達のリテラシーを伸ばすためにいろいろな教材を開発したり、制作したりしています。絵本を作るだけではなく、絵本アプリが効果あるということを証明するために、応用研究も行っているようです。研究資金は米国国立科学財団から(NSF)出ており、視覚言語と視覚学習センターには、視覚からどのように情報を処理しているのかに重点を置いて研究している4つの博士課程のプログラムがあります。手話絵本アプリを作成しているところは、その4つのラボの中でもMotion Light Lab(ML2)というところです。

視覚言語と視覚学習センター Visual Language and Visual Learning
https://vl2.gallaudet.edu/about/

米国国立科学財団NSF National Science Foundation, NSF)
https://www.nsf.gov/

3.奨学事業による留学を絵本のアプリとはどのようなものですか。説明をお願いします。

Apple Storeから「バオバブの木」のappsをダウンロードすることができます。絵本アプリプロジェクトの代表の考えでiPadのみになりました。当時、私と共にギャロデット大学に在籍していた富田さん、他のギャロデット大学の先輩後輩と一緒に作成しました。
絵本アプリプロジェクトの代表の考えによれば、絵本のアプリは、「クリエティビティのスペースが産んだ結果」だそうです。もともと手話による絵本語りは、限定的な場所で行われていました。手話使用者(Signers)がいるところや、ろう・難聴の子供がいるところには手話で絵本を読むという光景がありましたが、それが一般的な場所で、テレビなどの情報媒介を通して、広く、大規模にながされるということはありませんでした。手話の絵本アプリは、テクノロジーと従来の手話絵本朗読が融合された場所だとも思います。スクリーン上の英語単語をタップすると、その単語の手話が確認できます。またストーリーをそのまま見ることもできます。手話絵本アプリを使う子供が自由に情報を操作することができることも手話絵本アプリの醍醐味です。
また、私がギャロデット大学の先輩と教授と一緒に作成したバオバブの手話絵本は、もともとASL版がありました。そこから書記日本語と日本手話版を作成しました。その他の日本手話によるE-ブック「ほえるネコ、ロッキー」Apple Storeでダウンロードできますので見ていただけると嬉しいです。

手話絵本を作成している時の画像

手話絵本アプリApps「バオバブの木」
https://vl2storybookapps.com/thebaobab-japanese
手話絵本ibooks 「ほえるネコ ロッキー」
https://books.apple.com/jp/book/%E3%81%BB%E3%81%88%E3%82%8B%E3%83%8D%E3%82%B3-%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%AD%E3%83%BC/id1158608953

4.奨学事業による留学を終えた後はすぐに帰国されたのでしょうか。

2016年5月に修了式を終えた後は、ギャロデット大学附属ケンダルろう学校で7月まで乳幼児のお手伝いを頼まれて、絵本読み聞かせや、保育、日本語の家庭教師やベビーシッターを経験し、2016年7月に帰国しました。

5.ギャロデット大学に附属のろう学校があるのですね、乳幼児から高校生までの児童生徒がいるのでしょうか。生徒の数とか、どのような教育をしているとか、紹介していただけますか。

ケンダルろう学校は 未就学児から14歳まで(赤ちゃんクラス・1学年〜8学年)のろう・難聴の子どもたちが通う学校で、生徒数は約100人でした(2013年当時)。米国の赤ちゃんクラスは州によりますが、十八ヶ月からのプログラムが多いのに対して、ケンダル聾学校の場合は生まれてすぐに入学できるシステムになっています。クラスが年齢に合わせて分かれているのもケンダル聾学校の特徴です。その学校は早期からの言語アクセスと言語習得を大切にしていますので、手話言語でも音声言語でもどちらも推奨している雰囲気です。
同じ構内には、中学生、高校生が通う、モデルろう学校(M S S D)もあります。私がケンダルろう学校とメリーランド州立ろう学校フレデリック校で実習をさせていただいたときに、ケンダルろう学校はASLと個人の個性を大切にしており、フレデリック校はASLと書記英語を大切にしているというイメージを持ちました。

6.米国のきこえない子どもに絵本を読み聞かせるのは素敵な経験になったと思います。その時はASLを使ったのでしょうが、どういうことに注意していましたか。

米国で絵本を読み聞かせするとき、全てASLを使いました。米国人の先生たちは指文字と手話を使うことが多かったので、私もできるだけ、英語の指文字を少しずつ入れる努力をしました。もちろん、私は日本生まれで、ASLは私の母語ではないので、米国で初めて見る絵本が多く、知らない語彙もたくさんあったので、米国人のクラスメートやルームメイト、チューター(日本で言う家庭教師)を捕まえて、ASLでの絵本読み聞かせを見てもらい、指導をお願いしました。

7. 留学を終えた後、今までにされたお仕事・取り組みの内容についてお話しください。

私が留学を終えた後は、東京都立立川ろう学校幼稚部で教諭をしております。(立川ろう学校といえば、今年オープンしたサイニングスタバが最寄駅の国立駅にあるんですよ。ぜひお越しくださいね。)帰国してから数年は留学中の体験を今までいろいろとお世話になったろう学校やろう協会でお話しする機会を頂きました。特にろう学校でお話しした時は、留学は楽しいものではなく、かなり頑張って勉強しないといけないということに驚いている学生も多かったです。また、いくつかのろう学校や図書館で絵本読み聞かせのボランティアもやりました。他にも、全日本ろうあ連盟の行事やろう空手大会などの国際手話通訳も少しお手伝いさせていただいています。

今の立川ろう学校での仕事の様子(2020年9月)

8.ギャロデット大学では絵本を中心に学ばれたのでしょう。米国での絵本読み聞かせと日本での絵本読み聞かせは、その方法などで違う面がありますか。それとも全く同じでしょうか。

米国での絵本の読み聞かせのやり方は日本と似ているけれども、違うなあと思ったのは、絵本を立てる台を全然使っていないことでした。自分で絵本を持ったり、先生に持ってもらったりしていました。また、米国では、デビッド R シュレパーという研究者が提唱した、「きこえない・きこえにくい子供達に本を読み聞かせするときのルール15項目」というように、絵本読み聞かせをするためのルールがあって、それをちゃんと講義で学んでいることです。日本では、大学で絵本読み聞かせの講義がなかったので、すごく勉強になりました。富田さんもホームページの中で紹介しております。その中に、面白いものがあって、絵本読み聞かせは「子どものリードに任せる」とあります。日本では、つい、ダメと言ってしまいますので、米国らしさがあります。

9.絵本は本屋で売っているものを選ぶのでしょうか。それとも自分で作るのでしょうか。

私が読み聞かせするときの絵本の99パーセントは本屋で売っている絵本であり、自分で作ったり、友人が作ったものを読むのは1パーセントです。これからはもっと自分や他のろう者が読み聞かせしやすい絵本を作りたいです。

10.奨学事業による留学終了から現在で何年目になりますか。

私が留学を終えたのは、2016年5月ですので、2020年9月で4年になりますね。本当にあっという間の4年でした。

11.「グローバル人材」という言葉があります。私はきこえないグローバル人材を次のように考えています。共生社会に求められる人材像としては、(1)きこえない日本人としてのアイデンティティを確立していること、(2)外国の手話言語を含めて異なる言語を幾つか習得していること、(3)海外の様々な人と協調関係を構築できること、(4)国際的な視野に立って社会貢献するための知識と経験を備えていることです。この4つの条件それぞれについて、中川さんご自身はどのように自己評価されますか。一つ一つお話しください。

(1)きこえない日本人としてのアイデンティティを確立していること
理論的に合っているかどうかはわかりませんが、(例えば、日本手話のいろいろなパピプペポが使えるとか)二つのろう学校と二つの寄宿舎で育ったこと、そして、母校でもあるルーテル学院大学に手話通訳制度とノートティク体制を最初につけたことが一番の強みではないかと思います。2つのろう学校では手話を使うことはよしとされてはいなかったものの、ろう学校の寄宿舎で多くのろう者である先輩が豊かな手話でお話しし、幽霊話をしてくれたからこそ、米国で「日本では、デフジュークではなく、手話で語る幽霊話があったのですよ」と話すとみんな驚いていました。きこえない日本人としてのアイデンティティはほぼ確立しているのではないかと思います。しかし、日本手話から日本語への翻訳が苦手だということが判明したので、今も日本語と日本手話の勉強は続けています。そして、米国で日本手話や日本の素晴らしさに気づき、いつも日本手話や日本の食べ物、文化について同級生と討論ばかりしておりました。日本手話の家族は男女がデートして、結婚して、子供が生まれて、その兄弟、姉妹から成り、家があって、そこに家族がいるから、家族の手話になると話すと米国人は「おおおおおお マイ ゴッド」って感動します。米国にいたからこそ、日本手話の素晴らしさに気づくことができたのです。

11-1 米国で生活したからこそ、逆に日本の手話言語の素晴らしさに気づいたのですね。中川さんが米国生活でASLに毎日触れる中で、ASLの素晴らしさはどんなものを発見しましたか。

ASLの素晴らしさは、表情です。昔から、私は表情が豊かだと言われているのですが、さらに豊かになったと言われています。ただ、ASLのルールはまだ使いこなせていないのです。後、ASLのポエムも本当に素敵です。歴史が深いだけあって、日本にはない感動があります。さたに米国の大学の研究者がお互いに協力しあって、データを調べ、それをろう学校や大学で発表しあう機会を作っているのもASLの環境の素晴らしいところだと思っております。

(2)外国の手話言語を含めて異なる言語を幾つか習得していること
やはり私は日本語と日本手話、ASL、英語でしょうか。国際手話も言語ではないとはいえ、大好きで、時々、国際手話とASLのニュースを読んで、日本手話に変える特訓をしております。英語は本当に申し訳ありませんが、身についたとは、言えません。未だに、英語が苦手です。でも、英検と漢検と日本語検定を帰国後に受けたときに、英検2級に受かったのに、漢字検定2級と日本語検定2級に落ちたことが本当に衝撃的でしたね。教師としてありえないことなので、今は英語のみならず日本語も猛勉強中です。

(3)海外の様々な人と協調関係を構築できること
私は海外の様々な人と協調関係を構築できていると思います。米国の大学院での授業でもアルバイト先でもろう学校での実習でも、いろいろな国、人種の方と、さらにろう者だけでなく、聴者と共に学んだり、働いたりしました。相手と討論しあったり、協力し合うことで、コミュニケーション力をさらに磨いてきました。この経験の積み重ねで、これからも教育関連の海外の様々な人と協調関係を構築していくことが私の目標です。

(4)国際的な視野に立って社会貢献するための知識と経験を備えていること
米国での4年間だけでは、まだ100%備えていないのではないかと思います。私は教育だけを学んできたので、絵本読み聞かせなどの教育的な貢献はできます。社会貢献ができるのかという前に、日本のろう教育に目を向けるべきではないかと思います。日本のろう教育がどんな状況であるかを、国際的な視野に立って、米国のろう教育と見比べながら、どうやって日本と世界に貢献できるのかの知識と経験がまだ足りないと思います。帰国してからは、いろいろな教育関連の会議に出席したり、講演を聞きに行ったりして、未だに知識と経験を積み重ねている最中です。

絵本の読み聞かせは子どもが言語に触れる、言語を習得する、そして周りとの関係を築くに大切な取組みであると思います。きこえない子どもやその兄弟、友達に手話言語で絵本の読み聞かせが、どこでも自然にできるようになったらどんなにいいことでしょうか。米国で学んだこと、経験されたことを、これからもろう学校などで活かしてください。ご活躍を期待しています。

参考文献

  • Schleper, D. R. (1997). Reading to Deaf Children: Learning from Deaf Adults. Washington, DC: Laurent Clerc National Deaf Education Center at Gallaudet University. (ISBN 0-88095-212-1)
  • Tomita, N (2016, March 24)「本を読むときのルール15項目 日本手話」 (https://youtu.be/sYSOADstzRs)Data accessed March 16, 2021
  • Uchibori, A., & Matsuoka, K. (2016). Split movement of wh-elements in Japanese Sign Language: A preliminary study. Lingua, 183, 107–125 https://doi.org/10.1016/j.lingua.2016.05.008

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