修了式に通訳学部からの特別賞『the Ronald L. Coffey Award』を受賞(2013年5月)

1.奨学事業による留学で学ばれた内容は何でしょうか。

第4期生としてオーロニ大学でASLと英語を勉強したあと、ギャロデット大学のろう者学(Deaf Studies)に編入学しました。それから同大学大学院通訳学部に進学し、手話通訳について専門的な知識を蓄え、実習を重ねました。
大学院の教授や周りの人たちのおかげで、通訳学部の最優秀学生(Outstanding Interpretation Student)に送られるThe Ron Coffey Awardを受賞することができました。  
異なる2つの専門を学んで特に感じたことは、「ろう文化」という学問を通して、「ろう者」以外としての自分、例えば女性としての自分、沖縄の人としての自分、さまざまなアイデンティティを併せもつ者として自分を見つめ直すことの大切さでした。そして、手話通訳は知識や技術だけではないこと、プロフェッショナルとして求められる「手話通訳者像」についても大きく考えさせられました。

2. 通訳学部というときこえる人が入るところというイメージがありますが、きこえない人も入れるのでしょうか。

はい、ろう者も入れます。私の前に約20名のろう者が卒業しています。さらに博士号を取得したろう通訳者も2人います。
私の学年にろう者は私一人で、残る全員が聞こえる人だったのですが、その中にはコーダ(CODA:ろう者の親を持つ聞こえる子どもたち)もいました。教授もほとんどが聞こえる人でしたが、すべての授業をアメリカ手話言語で進めていました。このように恵まれたコミュニケーション環境だったので、ディスカションを通して様々な視点に立って物事を考えることができました。そのときに得た知識が今の仕事で大いに役立っています。

3. 通訳学部では例えばどのようなことを学ぶのでしょうか。国立リハビリ学院の手話通訳学科と同じような内容でしょうか。

国立障害者リハビリテーション学院で学んだ経験がないため、憶測でしか答えられませんが、通訳者を育てる目的は同じだと思います。
ギャロデット大学・大学院の通訳学部は、現在「通訳翻訳学部」となっています。1年目は通訳の基礎や手話通訳の歴史などを学び、2年目は、さらに医療、精神保健、司法などの専門的な知識をまんべんなく学びます。例えば、私のときは法律に関する専門用語を覚えたり、近くの裁判所に行って実際に通訳をしている様子を見学したり、カウンセリング学部と連携して通訳の実演をしたりしました。もちろん、ろう学生も実演をします。
実習はキャンパス内で、主に盲ろう通訳の経験を積みました。一番大変だったのは、ろう通訳者も盲ろう者も含めて全員がネイティブ・サイナーの中で、ネイティブでない自分が通訳をすることでした。
ギャロデット大学に入ってくるろう・難聴者には、小さい頃から手話が日常的な環境で育った人もいれば、大学に入って初めて手話を習得した人もいれば、英語寄りの手話をしている人たちもいました。おまけに10代、20代だと、指文字が早いです。私に英語の語彙力が足りないばかりになかなか読み取れないので、いつも苦戦していました。幸いにも理解のある盲ろう者からフィードバックしてもらったり、メンターのベテランろう通訳者から助けてもらったりなどして、なんとか乗り越えることができました。こうした経験から、手話が第一言語でない聞こえる通訳者の大変さがわかりました。

 通訳クラスBrenada Nicodemu先生の授業中(2012年11月)
通訳クラスBrenada Nicodemu先生の授業中(2012年11月)

4.奨学事業による留学を終えた後はすぐに帰国されたのでしょうか。

大学院を卒業した後の1年間は、同大学院の通訳学部でティーチングアシスタント、手話通訳派遣会社で受付の仕事をしたり、現場に出向いて通訳の経験を重ねたりしていました。その後帰国し、地元の沖縄に戻りました。

5. 川上さんは米国の手話通訳者の資格を取られたと聞いています。資格の名前と、この資格でできる仕事、きこえない人も資格を取れることの意味を説明していただけますか。

全米手話通訳登録協会(Registry of Interpreters for the Deaf)認定資格の中に、ろう通訳士(Certified Deaf Interpreter)があります。もともとの名称は「リレー通訳者」だったそうです。ろう通訳士は、聞こえる手話通訳士同様「コミュニケーション」を専門にする人です。基本的にはコミュニティ通訳が中心ですが、最近では新型コロナウイルス感染に関する知事会見でも活躍しています。
コミュニケーションは、家庭や教育、移民など背景が多種多様なほど複雑なものになります。そのため、米国ではコミュニケーション支援にろう通訳士の需要が高く、コミュニケーションの目的を達するのに重要な存在となっています。ろう通訳士を取得するためには、大学を卒業していることが条件です。手話通訳を専攻していない場合、40時間の実務実習時間が追加条件となっています。試験は筆記と実技があります。(現時点では筆記試験のみになっているようです)。この試験に通って、ようやく認定・登録されたろう通訳士は全米で約230名います。

6. 米国でろう通訳士が230人もいるのですか、すごいですね。そのみなさんはフリーランスで通訳の仕事をされているのでしょうか。

人それぞれですが、フリーランスで働いている方もいれば、通訳派遣会社で正社員として働いている方もいますし、大学で教鞭を取っておられる方もいます。

7. ろう通訳士が来ると、聞こえる通訳士も来ますよね、そうすると2人になり、通訳経費も2倍かかるのではないかと思います。米国ではこの2倍かかる経費を出すことは問題ないのでしょうか。

この質問はよく聞かれます。確かに気になるところですよね。通訳経費を違った視点で考えてみましょう。聞こえる通訳者が一人だけ対応し、長い時間を要して解決した事例があります。一方で、ろう通訳者と聞こえる通訳者が協働し、短い時間で解決した事例があるとしたら、通訳経費はそんなに変わらないと思います。
ろう教育によるさまざまな影響により当事者を取り巻く「コミュニケーションの諸問題」、そしてろう通訳者と「協働して通訳する意義」をみなさんと一緒に考えていけたらと思います。

8.留学を終えた後、今までにされたお仕事・取り組みの内容は何ですか。

沖縄の聴覚障害者情報センターをベースにして、手話通訳全般を中心に携わっています。ろう通訳者として、聞こえる通訳者と協働しながら、主に医療・精神保健の分野で通訳活動に取り組んでいます。また、手話通訳者派遣コーディネーターや手話通訳者養成の講師も担っています。このほか、国際会議又は大会でASL-JSL及びIS(国際手話)-JSL通訳・通訳コーディネーター業務に関わることもあります。最近では、世界ろう連盟アジア地域事務局(World Federation of the Deaf Regional Secretariat for Asia)が主催した国際手話通訳トレーニングに共同講師として招かれ、アジアのろう者・聞こえる人を対象に指導を行いました。

9. 医療・精神保健の分野で通訳活動をされているとのこと、きこえない通訳者も手話通訳派遣制度で認められているのでしょうか。またきこえる通訳者とどういう連携をされるのですか。この方法はきこえない人から喜ばれていますか。

沖縄県では認められています。もちろん、利用者の希望を尊重した上での派遣です。必要に応じて、ろう通訳者と聞こえる通訳者が併せて派遣されます。現場に着いたら、通訳を利用する当事者と関係者に対して、2名体制の通訳方法を説明します。できるだけ安定したコミュニケーション環境を作るために、コミュニケーションを形成する流れを共有することが目的です。通訳者は現場に入る前に依頼の目的やそれぞれの役割をすでに確認し合っているのですが、状況に合わせて臨機応変に対応することも要されるので、現場に入った後もこの確認はその都度行います。
このようにして聞こえる通訳者とチームを組んで通訳するのですが、ろうの利用者だけでなく、聞こえる家族や医療従事者、その他の関係者から、次回も同じようにしてほしいという要望をよくいただきます。実際、長年支援が難しい状態が続いていたのが、ろう通訳を介した途端、短時間で解決した事例もあります。ろう者とその家族、その他関わる医療従事者などの信頼関係が修繕され、より深まった事例もあります。現場で通訳していると、依頼者の変化がよく見えます。はじめは無口だったろう者が、ろう通訳を通して自分や相手の状況を徐々に理解し、自分の気持ちが相手に伝わっているという手応えを次第に感じて、最後には穏やかな表情になります。これは、ろう者ときこえる人の両側がコミュニケーションの目的を達成した、つまり、聞こえる通訳者とろう通訳者が協働したことによる成果だということです。

10. きこえない人が手話通訳のコーディネートをすることはどういう意味で大切でしょうか。

手話通訳コーディネート、この業務をするに当たって、手話通訳の専門知識と現場での通訳経験は大前提で、さらに高度なコミュニケーション能力、交渉力、問題解決力、現場力が非常に求められます。
ろう者がコーディネートするメリットはたくさんあります。第一、当事者でもあるので、現場で必要なことをすぐ把握できることと、何か問題が発生して対応するとき、当事者と通訳者両方の視点に立てることが大きなメリットです。

11. 国際手話通訳の資格はあるのでしょうか。

世界ろう連盟(World Federation for the Deaf)と世界手話通訳者協会(World Association of Sign Language Interpreters)が連携し、認定した国際手話通訳の資格があります。これまで認定された国際手話通訳者は30名で、その中にろう通訳者は15名もいます。国際連合や世界ろう会議など国際規模の会議で活躍されています。
残念ながら、WFD-WASLI認定国際手話通訳者は欧米出身が主です。近い将来、アジアからも認定者が出ることを願っています。

12. 川上さんが最近国際手話通訳として活動された「公的な」例を1、2紹介していただけますか。

国際手話通訳の形態は随行通訳が多いのですが、最近ではデフリンピック評議員会議や世界手話通訳者会議で通訳しました。

13.奨学事業による留学終了から現在で何年目になりますか。

2013年に事業による留学を終えたので、今年で7年目になります。

14.「グローバル人材」という言葉があります。私はきこえないグローバル人材を次のように考えています。共生社会に求められる人材像としては、(1)きこえない日本人としてのアイデンティティを確立していること、(2)外国の手話言語を含めて異なる言語を幾つか習得していること、(3)海外の様々な人と協調関係を構築できること、(4)国際的な視野に立って社会貢献するための知識と経験を備えていることです。この4つの条件それぞれについて、川上さんご自身はどのように自己評価されますか。一つ一つお話しください。

どれも共生社会に求められる人材像として、重要な基盤だと思います。
私の場合、留学を通して、聞こえない日本人としてのアイデンティティだけでなく、「ろう者」「女性」等としてのアイデンティティも改めて認識することができました。 また、同じ国でもそれぞれ育ってきた背景が違えば、また新たなアイデンティティが出てくることになるので、「自分」とは何かと常に考えさせられた時間でもありました。
留学して、アメリカ手話言語や英語を習得し、視野をさらに広げることができたことは本当に恵まれたと思っています。日本手話言語と日本語についても、新しい言語を学ばなかったらできなかった発見もありました。それだけでなく、言語を習得することは、その母語である人たちに敬意を持つことも大切だと強く感じました。
海外の様々な人と協調関係を築くに当たって、人間力と高度なコミュニケーション能力は常に磨いていたいと思っています。やはり、同じ日本人又はろう者であっても背景が違えば価値観も大きく違ってきますし、コミュニケーションが上手くいかなければ意思疎通がままならないときもあります。だから、多様な価値観を柔軟に受け止め、合理的に考えることによって、国や人種等に関係なく良好な関係を築くことができるのではないかなと思います。
「Think globally, Act locally. Think locally, Act globally(世界規模で考え、足元から行動せよ、地域規模で考え、世界で行動せよ。) 私の好きな格言です。地元での活動を通して世界を見ること、そして世界での活動を通して地元を見ることによって、バランスの取れた知識と経験を備えた上で、よりよい社会貢献ができるのではと考えています。自分の属しているコミュニティとの関わり方、そして彼らから学ぶ姿勢もまた、社会貢献のあり方に大きく影響するとそう思います。

15. 東京から見ると、沖縄は素晴らしい文化があるというイメージがありますが、生活の格差は大きいのではないかと思います。逆に川上さんから見たら、東京やワシントンD.C.はどのようなイメージがありますか。

そうですね…。私から見た大都会はどこに行っても人がたくさんいることでしょうかね。もともと大勢の人が集まる場所が苦手なので、上京するときはかなりのエネルギーを使います。
東京とワシントンD.C.については、優秀なリーダーが集まっている、情報がありふれている、そして技術が進んでいるイメージがあります。
沖縄以外で初めて住んだのが米国でした。ワシントンD.C.では都会の人々や生活に驚くことばかりでしたが、今では良き思い出です。東京は住んだことがないのですが、すべてのスピードが早いので追いつくのに必死です。一方でよい刺激も多いので、そのあたりはいつも勉強にさせてもらっています。

16. 沖縄で生まれ、沖縄で暮らし、沖縄で活動をしているからこそ、世界のきこえない人に対して発信できるメッセージがあるとしたら、それはどんなものでしょうか。

さまざまな選択肢がありましたが、最終的に沖縄を基盤に活動することを選びました。そもそも私の活動自体、原点が沖縄にあるので、地域から始めるつもりで帰国したあとそのまま沖縄に戻りました。留学中もそうでしたが、何度も挫折したり落ち込んだりして、悩んだこともたくさんありました。その度に、これでよいのだろうかと何度も自分自身に問いかけながら、前に進んできました。
私が伝えたいことは、世界の片隅であってもどんなに小さな活動であっても、ろう者たちが積み上げてきた功績は、すべてのろうコミュニティにつながると信じています。また、私たちはろうコミュニティを次の世代へ受け継ぐ役目があります。ろうコミュニティのために何ができるのか、私たちにとってろうコミュニティは何なのか、そして「ろう者像」について自問自答しながら、世界そして多様性を包摂する共生社会の中で、「自分らしさ」を見出してほしいと思います。

手話通訳を「受けて」きたろう者が自ら米国の高等教育機関で手話通訳のトレーニングを積み、そして地域の手話通訳派遣のコーディネートに携わるのは、川上さんが初めてでしょう。きこえる人ときこえない人の間をつなぐ通訳作業はきこえる専門家だけでなくきこえない専門家もともに取り組むことで、言語の違いやコミュニケーションの本質により迫っていけるのではないかと、そこに期待します。頑張ってください。

<参考文献>
日本財団聴覚障害者海外奨学金事業10周年記念報告書(非売品)に掲載された、川上恵「自己発見の留学ーろう者学と通訳学」

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