2016年1月9日(土)、第9回留学奨学生帰国報告会にて

1.奨学事業による留学で学ばれた内容は何ですか。

オーロニ大学での語学研修を経て、ボストン大学にて3年間ろう教育修士課程に在籍しろう重複障害児への学習支援を中心に学んできました。ろう教育だけでなく、重複児が他に併せ持っている障害について学ぶべく特別支援教育コースの講義もいくつか受講していました。聾学校での実習も重複クラスを希望し、小学部や中学部のクラスを担当しました。また実習だけでなく、アシスタントとしても勤務させていただき、院と二足のわらじで何かと大変でしたが無事卒業することが出来ました。

2. 米国の聾学校にも 重複クラスがあるのですね。それは日本と同じような状況でしょうか。

はい、日本と同じ形でした。同じ学年に重複児が数名在籍していれば、1つのクラスにできますが、生徒数が少ない場合は学年が異なるもの同士で同じクラスになることも似ています。

3.奨学事業による留学を終えた後はすぐに帰国されたのでしょうか。

卒業後はまだ聾学校での勤務が少し残っていたのと、ボストン大学で行われている日本の大学の短期留学プログラムのお手伝いをしていたのでそれが終わった8月末に帰国しました。

4. ボストンとはどのようなところですか。きこえない人にとって暮らしやすいところでしょうか。

ボストンはハーバード大学やMIT(マサチューセッツ工科大学)もあり、学問の街とも言われています。大学の周りは若い学生が集まっていますが、昔から住んでいる方々もいて古い街並みを守っているという感じがありました。あらゆる人種に適応できているので、筆談などには快く応じてくれる人は多かったのですがヨーロッパ系が強いためアジア系ろう者にとっては風当たりがきついという感じもありました。

長期休み企画 影絵読み聞かせ
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5.留学を終えた後、今までにされたお仕事・取り組みの内容は何ですか。

もともとアルバイトでお世話になっていた聴覚・ろう重複センターに戻り、そこで働きながら大学の非常勤講師(日本手話・アメリカ手話)も掛け持ちしていました。時々アメリカ手話ー日本手話の通訳の仕事もありました。現在は「聴覚・ろう重複センターつくしっこ」の管理者として管理業務・現場支援に専念しています。

6. しばらくの間は大変であったかと思います。米国留学から帰国したきこえない人が働くところがないとしたら、それはなぜなのでしょう。また改善するにはどうしたら良いのでしょう。

米国の大学を卒業するのが5月なのに対し、日本は4月から年度が始まるため、どうしても時期がずれてしまい翌年に正社員になる保障があったとしてもそれまでのつなぎをどうするかが問題ですね。これは聴者でも言えることだと思います。中途採用の道もあるかと思いますが、中途採用の場合は即戦力を重視していると思いますので障害者と言うと即座にお払い箱になる傾向がまだ強いかと思います。まず障害による差別が根本的になくなること(米国では履歴書に男女や人種、障害の有無を問わないようになっていますよね。)と、留学中の奨学生が帰国する前にこういう職の空きがあるという斡旋団体があると良いかもしれません。

7. 差し支えない程度で、現在のセンターの内容を説明いただけますか。ホームページも紹介してください。管理業務はどのようなことをするのでしょうか。

「特定非営利活動法人つくし」という法人のもとでセンターがあり、法人の理念が人間らしいくらしの実現となっています。これはろう重複児・者があたりまえの生活をできるように支援していくもので、私が所属している聴覚・ろう重複センターつくしっこでは、名古屋市を中心にろう・難聴児にあたりまえの放課後として場所を提供して他のろう・難聴児の仲間たちとの関わりをもったり、手話などコミュニケーションができるスタッフを配置したりしています。管理者としては、主に事業所運営に関わる人員配置を考えたり、人材育成、および利用者たちの個別支援計画を考えたりしています。https://tukusi.org/index.html

ジェイソンの仮装でお迎え」
ジェイソンの仮装でお迎え

8. そのセンターはろう者当事者団体が運動してできたものでしょうか。ニーズがあるからこそできたのだと思いますが、この先ずっと安定した運営ができるとお思いでしょうか。課題があるようでしたら、差し支えない程度に、その課題解決の方法もあわせて教えてください。

元々は親の会の要望からできたもので、親の会からスタートしています。利用者のニーズは毎年出てきているので、この先なくなることはないと思います。課題は人材育成面で、特にろう重複児・者に対するコミュニケーション技術や支援方法などのノウハウを培わなければなりません。とにかく現場に入って経験していくことが多いので、理論的な部分も学べる環境を整えていく必要があると感じています。定期的に学習会を開くなど、工夫をしていっているところです。最近では児童虐待がニュースになることがあるので、児童虐待について学びたいと思っても同じようなことを考えているところがあちこちいるためなかなか講師が見つからないのが難点ですが。

9. 気がついたのですが、日本では「ろう重複障害児」の言い方があると思いますが、武田さんは「ろう重複児」を使われています。武田さんの使い方、そして米国での使われ方について教えていただけますか。

日本での使われ方は特に意識していないのですが、私の場合は「ろう重複児」を使います。米国ではろう重複児をDeaf students with special needs(特別なニーズのあるろう児)、略してSNと呼称することが多いかなと思います。あるいはmuitiple disabilities(重複障害)もありました。

10. 武田さんは米国留学の前に日本でもろう重複児のことを学ばれていたと思います。米国でも学ばれ、現場でろう重複児と親御さんに関わる専門的な仕事をされている現在、米国で学んだことのどういうところが現在の専門職に役立てられているのでしょうか。

日本と米国で教育体制が根本的に異なるので、今の教育環境で最低限出来ることは何かを考えています。私の事業所ではコミュニケーションを重視しているので、出来るだけ手話をメインに会話するように周知しています。また重複児への支援方法について、米国で実践していた方法を取り入れてみるなど(コミュニケーションカードをラミネートして提示する、重複児の興味に合ったツール作りなど)と工夫をしています。親御さんからの相談はアイデンティティに関わることだったり、将来の進路だったりといろいろと悩みがあるのでその話を聞いて出来るだけの助言をしたりしています。

11. 夢は年齢とともに変わっていくのかなと思いますが、米国留学から帰国して現在の仕事に就かれている現在、武田さんは何か具体的な夢をお持ちでしょうか。そして、その夢に向かってどういうアクションプランを考えているのでしょうか。

ろう重複児のみならず、ろう・難聴児への教育支援を全般的に考えると、支援ツールが圧倒的に足りないので、教科書を手話翻訳した教材や、視覚的教材の開発、人材育成も学校現場および福祉現場で活かせられるものが必要だとは感じています。現在所属している団体ではそもそも趣旨が異なるものなので、何か企業を立ち上げてこういうことに特化した事業を展開していく必要があるのかなと考えたりしています。

米国留学で身につけた専門的な知識と幅広い経験をろう重複児教育支援の分野で活かしておられ、ろう教育全体に足りない手話言語関連の教材の充実を充実させる夢を持っておられること、とても一人ではできないことでしょうが、良き仲間を得て夢を実現されるよう頑張ってください!

参考文献