1.奨学事業による留学で学ばれた内容は何ですか。

米国の高等教育機関における聴覚障害のある学生への支援について見識を深めるためです。留学中は、ロチェスター工科大学(Rochester Institute of Technology)及び国立聾工科大学(National Technical Institute for the Deafで行われている支援を中心に学びました。また、PEN-Internationalの特別研修生として学ぶのと同時に、米国各地にある大学へインタビュー調査及び高等教育機関における障害者支援に関する学会へ参加し、米国の先進的な障害学生支援について調査を行いました。

2.奨学事業による留学を終えた後はすぐに帰国されたのでしょうか

PEN-Internationalでの特別研修生として研修を終えた後、すぐに帰国しました。当時は、日本の大学では障害者への支援についてやっと認知が始まった時期であり、留学生活で学んだことを活かして、日本で仕事をしていきたいと考えたためです。

3. 帰国しても仕事がないのではという不安があったと思いますが、どのような気持ちを持たれたのでしょうか。また、助言などはあったのでしょうか。

留学中の2016年に障害者権利条約が国連で採択され、いずれ日本にもこの条約に基づいた法整備がなされ、高等教育機関もいずれ障害学生支援に関して本腰を入れるときがくると感じていたからです。仕事が見つかるまでの間は、間接的に障害学生支援に関わっていかれればと考えていました。

4. 留学を終えた後、今までにされたお仕事・取り組みの内容は何ですか。

帰国後1年半ほど、フリーランスとして、日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan)・関東聴覚障害学生サポートセンターのスタッフとして、シンポジウムへの協力や各大学での支援者養成のお手伝いを行っていました。
2009年から愛媛大学のバリアフリー推進室で障害学生支援のコーディネーターとして働いています。同時に、香港中文大学で行われた国際プロジェクトであるアジアの若手の聾者の研修プログラム、「Deaf Dialogue」の運営スタッフとして、2009年から2011年まで参加しています。愛媛大学で働き始めた当初、大学の中に障害学生支援専門の部署を設けて、サポートを行っている大学は少ない時期でした。愛媛大学では2007年にバリアフリー推進室が設立され、組織としての支援がスタートした時期でした。これまでは、学生ボランティアを中心とした支援が提供されていたのですが、聴覚に障害のある学生の増大に伴い、専任の職員を配置し新たな体制づくりをスタートさせた時期でありました。米国で学んだことを参考に、日本で実現可能なところから、少しずつ支援を拡大して行っています。

5.奨学事業による留学終了から現在で何年目になりますか。

2007年8月に留学を終えましたので、帰国から12年になります。

6.その12年間を振り返って自己評価をお願いします。まず、「グローバル人材」という言葉があります。私はきこえないグローバル人材を次のように考えています。共生社会に求められる人材像としては、(1)きこえない日本人としてのアイデンティティを確立していること、(2)外国の手話言語を含めて異なる言語を幾つか習得していること、(3)海外の様々な人と協調関係を構築できること、(4)国際的な視野に立って社会貢献するための知識と経験を備えていることです。この4つの条件それぞれについて、太田さんご自身はどのように自己評価されますか。一つ一つお話しください。

私は、(1)〜(3)については、香港中文大学で行われた「Deaf Dialogue」の運営スタッフとして関わったことで、条件をある程度満たしたと考えています。(4)に関しては、プロジェクトに関わる中でアジア各国からの参加者との関わりの中から学ぶことが多く、自分の知識と経験の浅さをプロジェクトの中で強く実感しました。現在、直接海外と関わる仕事は行っていませんが、現在の職場の中で外国人の学生や教員と関わることがあります。今後国際的な視野に立って社会貢献ができるように、仕事の中の関わりから少しずつ知識や経験を蓄積していきたいと考えています。

7.日本、特に愛媛大学で10年以上仕事をされてきて、太田さんが米国研修の成果を生かして実現できたことと、まだ実現に時間がかかりそうなこと、そし実現できそうにないこと、それぞれをお話しください。

聴覚障害のある学生やその他の障害のある学生に対して、授業に行けば情報保障や何らかの支援が当たり前にあるという米国に近い環境を愛媛大学の中に構築できたことは、一つの成果だと思います。その反面、障害者に対する教職員の意識は年々向上してきているとはいえ、合理的配慮を提供する意味(意義)に関して十分に認知が進まないという現状があり、今後時間をかけて理解を進めていく必要があると感じています。

8.「合理的配慮」は米国などから影響を受けて日本の法律に明記された言葉で、大学側があらかじめ提供すべき「配慮」に限らず、障害のある学生本人からの申し出に大学として対応できる内容を検討することが含まれていますが、愛媛大学の教職員間で合理的配慮を提供する意味に関して十分に認知が進まないというのは具体的にどのようなことなのでしょうか。

合理的配慮の提供を受けるためには、本人の「意志の表明」の後、大学の専門家と本人が一緒に合意を形成し、最終的な合理的配慮の内容を決定します。その上で正式な文書を作成し各教員に周知を行うのですが、「障害者だけ支援をつけることは、特別扱いになる」という視点から、支援の提供を断られるケースがあります。
また、法律に罰則規定がないことから、強制力を持たせることが難しいというのも、断られる原因の1つと感じています。まだ法律が施行されてから数年しか経っておらず、多くの大学でどのように運用していくか試行錯誤をしている段階です。米国ですら30年以上かけて、今の支援体制を築いています。これから10年20年かけて少しずつ理解を進めていく必要があると考えています。

9.10年前と現在を較べて、愛媛大学に限らず全国の大学で、障害のある学生は「合理的配慮」の意味を正確に把握して、周りや大学側に働きかけるようになっていると感じますか。

漠然とした意思の表明はありますが、まだ本人からの明確な「合理的配慮」に関する意思の表明が出てくることは少ないというのが現状です。また、日本人の文化的側面から、はっきり申し出ることを躊躇っていると感じることもあります。今後、大学だけでなく、義務教育から支援を受けて勉学をすることが当たり前の環境が整い、また、成長段階に合わせた教育的支援やエンパワメントを行っていく必要性を強く感じています。

10.愛媛大学で学生に接する中で、自身の学生時代と比べて大きく変わったところは何でしょうか。よくなっているところ、悪くなっているところ、変わらないところを教えてください。

自分の学生時代と比べて大きく変わったのは、学生個々の特性に合わせて、話を聞きながら一緒に支援の形を作り上げていくプロセスを大事にできるようになったことだと思います。悪くなっているところは、いろいろ忙しいという理由があり十分に情報収集ができなくなってしまったところかと思います。変わらない点は、仕事の上で支援対象となる学生が不利益を被る可能性がある場合は、はっきりと意見を伝え、理解をしてもらうように話し合うという点については、仕事をする上で忘れてはならないと思っています。

11.公的インフラとしての電話リレーサービス制度の2021年度開始が決まりました。手話通訳派遣など様々な制度や社会資源をきこえない学生が大学生活の間に活用できるようになっていると思いますか。

業務上、自分で直接電話をかける必要あり、職場で契約をしてもらい、日常的に電話リレーサービスを利用しています。現在使える制度・社会資源を学生が使いこなせるようになるためには、大学の中での教育的支援を行わなくては、活用できるようになるとは思いません。これからの時代は、聴覚障害学生自身が、自分から電話をして直接話してコミュニケーションを取っていく必要があると考えています。私が仕事の中で電話リレーサービスを日常的に使っているのを見てもらうほか、聴覚障害のある学生の集まりの中で、ディスカッションを通して、自分から制度や社会資源にアクセスできる学生を育てていこうと考えています。

12.米国に学ぶことが多かったと思いますが、逆に日本特有のもので米国に輸出できるものがあるとしたら、それは何でしょうか。

留学中に同じクラスの聾の学生が脱臼したまま来たことがありました。「医者にすぐに行かないと」と、話したところ、保険の関係で治療ができないと言っていました。日本では出会ったことのない事件で、ショックを受けたことを覚えています。以上のことから、日本の社会保障制度は米国に輸出できる素晴らしいシステムだと思います。個人に過度な金銭的負担を強いることなく、正しく制度を理解していれば必要に応じたケアにアクセスできることだと思います。

13.最後の質問です。本事業は「終了後はその留学経験を活かし、日本やアジア諸国のろう者コミュニティで必要と思われる分野で活躍することを志すろう者・難聴者を支援」するものです。太田さんは日本の地方都市である松山市で、国立大学の障害学生支援に取り組む中、障害のある学生が情報・コミュニケーションの面で自立できるよう教育的な支援をも実践されていることがわかりました。これは日本国内のみならず、アジア諸国の高等教育機関にとっても一つのモデルになるのではないでしょうか。愛媛大学のバリアフリー推進室がその役割を果たして行くことについて、太田さんご自身のお考えをお聞かせください。そして、太田さんの決意を改めてお伺いできれば・・・。はい、どうぞ。

大学で合理的配慮を提供することは、今後の社会を形作る上で重要なことであると考えています。特に、日本では少子高齢化が進んでおり、労働人口の減少が始まっています。このタイミングで障害者差別解消法が施行され、より多くの障害者が社会進出する土台が整えられてきたと感じています。また、重度の障害のある国会議員が誕生し、今後、ますます障害者の進出が進んでいくのではないかと感じています。法律があるだけでは何も変わりません。今後必要とされる人材は、自らの知識によって企業や社会に貢献する「障害のある知的労働者」ではないかと考えています。
私の米国に留学した2006年は、1973年のリハビリテーション法、1990年のADA法(障害を持つ米国人法)が施行され30年を過ぎた頃です。これらの法律の恩恵を受け、米国の高等教育機関で学び、修士号、博士号を修了し、高等教育機関以外でも様々な分野で専門職として働く聴覚障害者に多く出会い、多くの学びを得ました。
私はこれから、将来の日本を支えていく原動力となる次の世代の聴覚障害者を育てるために、合理的配慮の提供を行うと共に、教育的支援の充実を進めていきます。そして、社会に出た後、自分の言葉で自分に必要となる合理的配慮を周りに伝え、自分の力で新たな道を切り開いていく人材を育てたいと考えています。これらの取り組みを通して、将来の日本、そしてアジア諸国で活躍する聴覚障害者を1人でも多く育てることが、私の夢であります。

今回のインタビューで、太田さんが肌で感じた米国の聴覚障害学生支援を、愛媛大学で試行錯誤しながらも少しずつ日本に合った合理的配慮の仕組みを作られていることを知りました。自ら制度や社会資源を十分に活かして社会参加を果たし、そして社会を変えていく、そういう力を持つ聴覚障害学生の教育支援に頑張ってください。

<参考文献>日本財団聴覚障害者海外奨学金事業10周年記念報告誌(非売品)に掲載された、太田琢磨「高等教育機関で学ぶ聴覚障害学生への支援」
日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan) http://www.pepnet-j.org/

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