編集後記
20年の歩みを語る ― 奨学生たちの経験から見えるろう社会の広がり

 本記念誌の制作は、日本財団聴覚障害者海外奨学金事業の20周年を迎えるにあたり、「これまでの歩みをどのような形で残すべきか」という議論から始まりました。10周年記念誌では、奨学生一人ひとりの活動を紹介する形でしたが、今回は少し違う形を模索することになりました。そこで浮かび上がったのが、「専門領域ごとに集まり、対話を通して20年を振り返る」という座談会形式の記念誌構想でした。
 実際に座談会を企画してみると、同じ奨学金事業の修了生であっても、互いの専門分野や活動について深く語り合う機会はこれまでそれほど多くなかったことに気づかされました。言語、ろう教育、福祉、医療、情報保障、アートなど、それぞれが異なる領域で活動しているからこそ、同じ場に集まったときに見えてくる共通点や新しい視点がありました。
 ある座談会では、海外で学んだデフアートの経験が、日本の教育現場の中でどのように形を変えて根付いていったのかという話がありました。また別の場では、医療や福祉の現場で、ろう者の生活経験から見えてくる課題が語られました。情報保障の議論では、技術の進歩によって支援の形が変化していく中で、「本当の意味での情報保障とは何か」という問いが投げかけられました。さらに、手話や言語学をめぐる対話では、手話を通して世界を理解することの意味が改めて共有されました。印象的だったのは、多くの登壇者が「海外で学んだことをそのまま日本に持ち帰るのではなく、日本の社会や文化の中でどのように活かしていくか」という点について語っていたことです。ある参加者は、アメリカで学んだ考え方を日本の現場に持ち帰ったとき、思うように伝わらず試行錯誤を重ねた経験を語っていました。また別の参加者は、長い時間をかけて少しずつ理解が広がってきた変化を振り返り、「最初は種のようなものだった」と表現していました。その言葉は、本事業が20年をかけて積み重ねてきた歩みそのものを象徴しているように感じられました。
 このように本奨学金事業は2004年に第1期生を送り出して以来、2023年度の第20期までに、計31名の奨学生を海外へ送り出してきました。人数として見れば決して多くはないかもしれません。しかし、それぞれが異なる分野で学び、それぞれの場所で問いを生み出しながら活動してきた歩みは、日本のろう社会の知の広がりを確実に形づくってきました。
 今回の記念誌では、もう一つ大きな試みを行いました。それは、手話による語りを中心に据えた記録の形です。座談会の内容は、まず手話動画として記録され、その語りをもとに、本誌のように文字による記録を作成するという流れでした。つまり、本誌に掲載されている文章は、手話による対話を翻訳する形でまとめられたものです。これは、ろう者の言語である手話を知の表現の中心に位置づけるという、本奨学金事業の理念とも深く関わる試みでした。
 編集作業を進める中で、こうした対話の一つ一つが、日本のろう社会がどのように変化してきたのかを静かに物語っていることにも気づかされました。かつては海外で専門的に学ぶろう者の姿はまだ珍しいものでした。しかし今では、教育、研究、福祉、芸術など多くの分野で、ろう・難聴者が専門職として活躍する姿が見られるようになっています。本記念誌に収められた語りは、その変化の過程を記録する小さな証言・エピソードでもあります。
 最後に、本記念誌の制作にあたり、ご多忙の中で座談会に参加してくださった奨学生の皆様、そして本事業を長年支えてくださった日本財団、日本ASL協会をはじめとする関係者の皆様に、そして、本海外奨学金事業を応援してくださったろう社会の皆様に、心より感謝申し上げます。
 20年という時間は決して短いものではありません。しかし同時に、ろう社会の未来という長い歴史の中では、まだ一つの節目に過ぎないのかもしれません。本記念誌に収められた対話が、これまでの歩みを振り返る記録であると同時に、次の世代が新しい問いを生み出し、新しい社会を構想していくための出発点となることを願っています。末筆になりますが、本記念誌が、手話という言語による知の記録の一つの試みとして、これからのろう社会における記録・物語記述のあり方を考える小さな一歩となれば幸いです。

日本財団聴覚障害者海外奨学金事業同窓会を代表して

20周年記念誌編集委員
鈴木美沙・高山亨太・福島愛未・牧谷陽平・皆川愛